いわゆる「在来種」
言葉の定義は曖昧で、ヒトの都合で決められています。
たとえば「在来種」の定義が「その土地で数十年生存してきた」でよければ、外来種としてステレオタイプに敵視されている生物・植物が随分減りそうです。
逆に数千年は必要と言われれば、現在いわゆる和綿といわれている綿も、元々は日本に無かった、外来種だということになるでしょう。
日本で綿が栽培されていたと確実に判明しているのは約5~600年前(綿の歴史についてはこちらのサイトが詳しいです)。
綿栽培が始められた頃は、まさに外来種だったのでしょうが、当時のヒトにとって有用な綿は、現在のいわゆる外来種のような扱いは受けなかったと思います(まあ、もともと勝手に繁茂する雑草タイプの植物ではないので、有用でなくても影響はさほど大きくはならなかったと思いますが…というか、その時代に「外来種」なんて概念もなかったでしょうね(汗))
本質的な情報を知りたい
「在来種」と聞いて、単純に有難がる人もいるようですが、様々な人々の、様々な価値観で勝手に定義づけられた「在来種」という言葉に、私は特に価値を見出せません。それよりも、元々どこから来た種で、どの土地で何年、どのように栽培されてきたかというような、具体的な情報の方がずっと重要なのです。
私の栽培している和綿は松江の親戚から譲られたものなので元々は伯州綿と思われますが、譲り受けた時と、数年関東で栽培した後で、繊維の質が変わったように感じます。今はもう関東綿とでもいったほうがいいかもしれません。これは「在来種」と言えるのでしょうか?
名前を引き継いでいるけど
「在来種」といわれている和綿には、「伯州綿」以外にも、様々な栽培地ブランドのようなものがあるようです。
元々日本にやってきた少量のタネが、大島・会津・弓ヶ浜などそれぞれの土地でそれぞれの特徴を持つに至ったのか、もしくはその地域ごとに別々のルートから輸入されてきたのか、本当のところは判りません。
ですが、その特徴はその土地で栽培されてきたゆえのものではないでしょうか。その特性はいまも確かに引き継がれているのでしょうか?(緑木と赤木の特徴は明らかに違いがありそうですが)。
育て方も、育ち方も、ひとつじゃない
現在、各地で受け継がれてきた品種のタネをどう育てているかというと、黒マルチを使っているところが多いようです。それが悪いというわけではないけど、失いたくない品種特性があるのなら、昔の人と同じ環境で、昔の人が工夫しておこなっていたであろう栽培方法で育てる必要があるのではないかとも考えられます。
そうでないと、結局そのタネの特性は昔のものとは変わってしまう。既に、昔の綿とは違う綿になっているのかもしれません。
私は実際にいくつもの和綿を育てて比べたことは無いので、特性をそのまま引き継げるのか、植物の特性上、ある程度は変化していくものなのか、遺伝子レベルで変化するのか、正確なことはわかりません。
実際には昔の人たちもきっといろいろ栽培方法を変えていたのでしょうし、植物自体も変化し続けている。環境も変わり、気候も変わり、常にあらゆることが変化を続けていて、これからも変化し続けるのでしょう。
イメージ先行・ブランド化・ラベリング・ステレオタイプ…中身は?
「在来種」と同じように使われる言葉に「和綿」も含まれます。「和綿」のことを「日本伝統の綿」と紹介されてたりするのですね。「伝統」も都合よく使われる、テキトーな言葉で、具体的な年数などは示されません。
「古くから」も一緒。100年でも1000年10000年でも「古くから」です。具体的に何年前か?はどうでもいい?
また、和綿の栽培について、「古来日本で」とか「古代より」とか、枕詞をつけて紹介されている文章もよくみかけるのですが、明らかに広告業界の印象操作のように見えてしまい、好ましくないな~と思います。
「古来」という言葉自体は、『過去から今にかけて』という意味なので間違いではないけど。。「古代」は『「中世」より以前』という意味なので、今判明している和綿の歴史からすると、間違い。
深く考えず適当にウケル言葉を選んでいるのか、故意に誤解させるような、曖昧な言葉のイメージで飾り立てているのかわかりません。
でも、こういうテキトーな表現が溢れているのを見ると、どんな情報も受信する時も、発信する際は特に、精査が必要だなと思います。
「オーガニック」や「在来」、「自然栽培」「自然農」という言葉と同じで、紛らわしいので、私は可能な限りそういう言葉を使わずに、具体的・本質的な情報を伝えたいと思っています。
まあ具体的に説明しようとすると長くなってしまうのですが(汗)、可能な限り、誤解なく、そのまま、ありのままを伝えたい。その上で、判断は、ご自身でお願いしますということでm(_ _)m